寺歴をひも解く

当山開山妙了院日達の名が刻まれた墓石。
過日、組寺の長正寺住職より電話を頂く。当山の寺歴について話をうかがいたいと…
福山藩主水野家代に實相寺は創建された(詳細は当山HP「實相寺縁起」を参照)。實相寺の開基檀越は水野家四代勝種家老、上田勘解由直定である。その弟にあたる上田丹羽(障之丞)が開基壇越となって建立されたのが長正寺である。建立にあたり、實相寺の旧本堂(妙了院日達禅尼建立とされる)を移築し長正寺本堂とした歴史もある。この家老職上田家、長男玄蕃直次は妙政寺、次男勘解由直定が實相寺、三男丹羽が長正寺を菩提寺とし、兄弟それぞれが寺を篤く外護したことになる。
さて、實相寺の話になるが、どういう訳か開山妙了院日達禅尼の墓所が境内に無く、現在まで発見することが出来ぬままでいた。ところが今回の電話にて、長正寺に墓所があることが分かった。今まで気になっていたが故に、とても嬉しい発見である。墓石には當寺三世顕性院日諦、再興願主妙了院日達と文字が刻まれており、ちょうど三世代に本堂を移築建立していたのでつじつまが合う。今回の発見にて、今まで分からなかった点と点が多く繋がり、またひとつ寺歴を理解することが出来た。
歴史をひも解くには当時の文献資料が必要となるが、ご縁あってかその多くの資料を目にすることが出来る。その時代時代のストーリーを思い浮かべ、現在に投げかけられたメッセージを受け止めるのも、僧侶の役目なのかもしれない。