ひめゆりの塔

6月23日『沖縄慰霊の日』、全国各地の日蓮宗青年僧が沖縄に集い、平和の行進・“慰霊行脚”を行った。昭和57年から神奈川県第一部青年会が中心となり、毎年「慰霊行脚」を行っているようだ。今回は広島県より3名の青年僧が参加させて頂いた。
午前6時30分に那覇市の法華経寺に集合し、身支度を整えバス3台に分乗し、出発地点の「糸満ロータリー」へ移動。到着と同時に行脚の開始である。居士衣・五条の法衣にに手甲・脚絆といういでたちで、団扇太鼓を叩いてお題目「南無妙法蓮華経」をお唱えしながら、一路『ひめゆりの塔』へ…

沖縄では20数万もの貴い命が、戦火の中で失われていった。その殆どが非業の死をとげ、今尚、遺骨さえ収集されずに時代と共に忘れ去られようとしている者もいる。痛かっただろう、苦しかっただろう、悲しかっただろう、辛かっただろう… そんな“亡き御霊”に心が締めつけられる。
「ひめゆりの塔」では70数名の参加者全員が読経を捧げ、心から戦没者のご冥福をお祈りした。

一行は続いて『平和記念公園・摩文仁の丘』へ出発した。沖縄は数日前に梅雨明けをしたようで、午前中といえども日差しは強く、途中の休憩ごとに水分補給を行う。体からは汗が噴き出てくる。
戦時中、壕の中に身を隠した人達は、蒸しかえるような暑さと渇きに苦しめられただろう、それを思えばこれくらいの暑さは何てことない。

「平和記念公園」は遠近各地より慰霊式典に参加される方であふれていた。遺族をはじめ、総理大臣や政治家も多数参加されていた。一行は『黎明の塔』に到着し、ここでも亡き御霊に対し読経を捧げる。その後公園内に設けられた祭壇前に移動し、ここでも一読・黙祷を捧げた。

今回初めて沖縄を訪れたが、沖縄は時代の犠牲となった悲しき島であると同時に、世界に向けて平和を発信すべき重要な役割を担う都市であると確認できた。我々が住む広島県、そして長崎県も原爆投下という悲しい歴史を持つと同時に、世界にむけて平和運動を推進している。
『戦争は何も生まない…』二度とこのような悲劇が起きぬよう、多くの人々に“戦争の惨たらしさ”伝えていかなくてはならない。