大黒様を祀る

毎月1日、当山では月例祭を開催し、自らの罪障消滅と当月の安泰を参拝者と共に祈願している。知らず知らずに蓄積された罪障(垢)を落とし、心身共に清浄になるということは、喩えて言うとお風呂に入ったようで実に清々しい。同様に毎月1日、ある事業所にお伺いし罪障消滅と社運隆昌を御祈願している。今月は「枡入り大黒天」を勧請し開眼法要を執り行った。先月、偶然大黒様のお話をしたところ、かねてから大黒様が気になっており、お祀りしたいと思っていたとのことであった。今回、善きご縁を結んで頂き、私としても嬉しく思う。会社ではいつも社長御夫妻と取締役が同席し、一緒に「懺悔」と「祈願」の読経を行っている。お伺いしていつも感じるのは、社員の皆さん1人1人の応対や身のこなしが実に素晴らしいということである。会社の経営は代表者の人柄を表し、また社員はその鏡ともいえるのではなかろうか。たえずプラスとマイナスが背中合わせの状況の中、信頼の獲得と利益の追求、また社会還元をバランスよく行っていかなくてはならないと聞く。その為にも偏らない心を保ち、たえず正しき目線にて物事を見極め判断していく必要性がでてくるのではなかろうか。ご利益主義ではなく、心を磨くために神仏を持つことは、とても素晴らしいことだと思う。そんな経営者の“人柄”は、口に出さなくとも自然ににじみ出ているものである。
大黒様は、その人その人の心を映し出しているようです。